安倍総理「9条改憲」をどう読み解くか。日本人だけが知らない戦時国際法とは?【評論家・江崎道朗】

【江崎道朗のネットブリーフィング 第12回】

トランプ大統領の誕生をいち早く予見していた気鋭の評論家が、日本を取り巻く世界情勢の「変動」を即座に見抜き世に問う!

サッカーの試合で、相手のエリアに入らずに勝てるのか?

 中学生のサッカー・チームが、日本代表チームに勝つことは可能か。

 結論から言えば可能だ。日本代表チームに特別のルールを課せばいいのだ。例えば、日本代表チームの選手はキーパーも含め全員、足を縄で縛り、かつ相手のエリア内に入って攻めてはいけないとすればいい。そうすれば中学生のチームでも楽勝だろう。

「そんなのサッカーではない」という声が聞こえてきそうだ。そう、こんなのサッカーではない。ルールが敵味方に等しく適用されてこそ試合は成り立つ。

 ところがこんな当たり前の理屈を理解しようとしないのが、日本のマスコミであり、政治家たちだ。何しろ「外国と同じルールで日本が勝負できるようになってはいけない」とマスコミも政治家たちも叫んでいるのだ。

 なんの話かと言えば、日本国憲法9条と自衛隊のことだ。

 実は日本人の大多数は、国際政治が世界共通のルールで動いていることを教えてもらっていない。世界共通のルールを知らないから、「日本がまともな独立国家ではない」ことを日本人だけが知らないのだ。

 この世界共通のルールとは、戦時国際法という。

「日本を弱いままにしておきたい」人たちが絶対にその存在を知らせようとはしない、禁断の学問だ。

 なぜ禁断なのか。お花畑しか教えてもらえなかった人たちにはショックかも知れないが、実は国際政治の共通のルール、つまり戦時国際法では、戦争そのものは「違法」でも「犯罪」でもない。戦争は悲惨な惨禍をもたらすが、それでも伝統的に「合法」とされてきた。

 日本で改憲論議は1991年1月、米英仏を中心とする多国籍軍イラク軍を攻撃した、いわゆる湾岸戦争を契機に本格化した。

 この湾岸戦争のように、当事国間の交渉、第三者の斡旋・仲介、調停、仲裁裁判、司法裁判等の平和的手段によって紛争が解決できなければ戦争になることもあった。

 そこで戦時国際法は「戦争を違法だ」として突き放さずに、「軍隊同士の戦争は合法」とし、戦争の勝者が平和条約を自国に有利な内容で締結することによって自国の意思を敗者に強制することを認めてきた。

 ちなみに第一次世界大戦後、悲惨な戦争を阻止するため、欧米諸国は1928年、パリ不戦条約を結んだが、この条約で禁じられたのは「侵略戦争」であり、「自衛戦争」は引き続き合法とされた。

日本人にとって禁断の学問「戦時国際法」とは?

 禁断の世界をさらに詳しく説明しよう。

 独立国家ならばどこでも保持している「自衛戦争を遂行する権利」は具体的には、「開戦権」と「交戦権」とに分けられる。

 「開戦権」とは、「A国がB国に一方的に宣戦布告(開戦宣言)を行った場合に、B国の意思の如何にかかわらず、両国間に戦争状態(state of war)を生じさせることができる権利」だ。

 例えば、北朝鮮が一方的に日本に宣戦布告をしてきたら、日本が「憲法九条がある」などと、いくら拒んでも北朝鮮と日本との間に「戦争状態」が生じることになる。日本が戦争を放棄しても、戦争は日本を放棄していないのだ。

「開戦権」が行使されて戦争状態が出現すると、A・B両国とも交戦国になり、以下のような「交戦権」を行使できるようになる。

?敵国との通商の禁止

?敵国の居留民および外交使節の行動の制限

?自国内の敵国財産の管理(いわゆる敵産管理)

?敵国との条約の破棄または履行停止

 さらに武力行使にかかわる「交戦権」として以下のようなものがある。

?敵国の将兵への攻撃およびその殺傷

?防守地域・軍事目標への攻撃およびその破壊

?敵国領土への侵入およびその占領

?敵国との海底電線の遮断

?海上での敵船・敵貨の拿捕・没収

?敵地の封鎖、中立国の敵国への海上通商の遮断および処罰

?海上での中立国の敵国への人的・物的援助の遮断および処罰

 北朝鮮も中国もこのような国際ルールに基づいて、いざというとき、これらの権利を行使する準備、つまり日本の「将兵」に対する攻撃や殺傷、軍事目標に対する攻撃と破壊、日本の領土への侵入とその占領、海上での日本船舶の拿捕・没収などを実施する態勢を整えている。

 交戦権行使の事前活動として中国は尖閣諸島に対する軍事的挑発を繰り返し、北朝鮮はミサイルを撃っているわけだ。当然これに対抗して日本も、相手国の「将兵」や軍事目標に対する攻撃能力などを持つべきなのだが、政府はこれまでその準備を怠ってきた。

 正確に言えば、戦時国際法も交戦権の存在もよく理解できていないので、北朝鮮からミサイルを撃たれたら反撃する権利があることも知らずに、ひたすら口先で抗議するぐらいしかできないのだ。このままだと恐らくミサイル攻撃で死者が出ても口先での抗議で終わるだろう。

自衛隊を縛っていたのはサヨクでもマスコミでもなく内閣法制局

 日本がそれほど情けない状況になってしまったのは、現行憲法9条と、その解釈に問題があるからだ。

《1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。》

 この9条の解釈について主として4つの学説がある。

 第一説が「自衛戦争も含め一切の戦争と、いかなる戦力も認められない」という説。もちろん自衛隊違憲だ。

 第二説が「そもそも戦時国際法において独立国家には交戦権は認められているのであって、交戦権を否定する9条は政治的な宣言にすぎない」という説。自民党も結党当時は、こうした立場に立つ政治家が多かった。

 第三説が「自衛戦争及び自衛のための戦力保持は禁じられていない」という説。これは芦田修正といって憲法制定当時、芦田均衆院議員が挿入した《前項の目的を達するため》という字句に注目し、戦時国際法を踏まえれば「自衛のためであれば戦力を保持することができるし、自衛隊も合憲だ」というものだ。実は昭和30年代の林修内閣法制局長官時代までは、日本政府の公式見解もこの解釈に近かった。

 第四説が「自衛のためといえども『戦力』の保持は許されないが、戦力に該当しない実力すなわち『自衛力』の保持は禁じられておらず、自衛抗争は可能」というもの。これは、高辻正巳内閣法制局長官が示した見解であり、現在の政府・内閣法制局の公式見解だ。

「戦力」はダメだが、「自衛力」ならいいとはどういうことか。内閣法制局は「戦力」を「自衛のため必要最小限度を超えるもの」と定義づけ、「自衛のため必要最小限度を超えない実力の保持」は憲法9条の禁じるところではなく自衛隊憲法に違反しないと主張しているのだ。かくして自衛隊は「戦力」ではないので、他国の軍隊のような「交戦権」は制限され、相手国を攻撃する能力を持つことも、有事に関する法制を研究することも禁じられてきた。

 サッカーで言えば、相手チームの攻撃を想定した研究も対策を禁じられ、手足を縛ったままピッチに出ることを強いられ、しかもセンターラインを越えて相手のエリアに入ってはいけないと言われているのだ。これでどうやって試合に勝てというのだ。

 政府がこの第四説に基づいて自衛隊と防衛体制の構築をがんじがらめに縛ってきたのだが、戦時国際法を無視した荒唐無稽なこの説は1964年に登場した高辻内閣法制局長官がこれまでの政府解釈を勝手に変えたものにすぎない。それ以前の林修三法制局長官までは戦時国際法を理解し、その憲法解釈も極めてまともだったのだ。

 完全に誤解されているが、自衛隊を本当に貶めているのは、サヨク・マスコミでも野党でもない。戦時国際法を無視するようになった高辻正巳長官以降の内閣法制局なのだ。

 安倍総理は今年5月3日、民間憲法臨調が都内で開いた集会にビデオメッセージを寄せ、「私たちの世代のうちに自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置付け、『自衛隊違憲かもしれない』などの議論が生まれる余地をなくすべきだ。(中略)九条一項、二項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値するだろう」と提案した。

 国際社会において日本の自衛隊だけが手足を縛られ、国際ルールに基づいて活動することができない。そして、こうした「自衛隊差別」を解消しようというのが、安倍総理の「自衛隊明文規定」論の趣旨ではないだろうか。

 そうだとするならばまず、自衛隊も他国と同じように戦時国際法という国際ルールで動けるように憲法解釈を林修三法制局長官時代のものに戻すべきだろう。

 高辻正巳内閣法制局長官以降の政府解釈の問題点を踏まえ、戦時国際法という国際政治の共通ルールを前提にした建設的な改憲論議を望みたい。

https://nikkan-spa.jp/1336336 より

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