小説『ノルウェイの森』は傑作だと思う!【3】

直子に関する記述とは全く違う意味で、緑が登場する場面も僕は大好きだ!

なんというか、主人公のワタナベと緑の会話が、完全に「夫婦漫才」なのである。もともと神戸出身の村上さんは、関西の漫才とどこか通じるような、相手を突き放したような視点でコミカルに人物を描くのが得意なのだが、それにしても緑のキャラは際立っていて、その破壊力は凄まじい!しかも、いつも下ネタ爆発で、『ノル』が永遠に中学校の教科書に掲載されない最大の要因となっている。

以下、すごく長いけど、僕がいちばん大好きな緑の機関銃トークの場面を引用する。会話は、緑が主人公(ワタナベ)の住む学生寮に現れ、彼を外に連れ出したところから始まる―

「ねっ、ここにいる人たちがみんなマスターベーションをしてるわけ?シコシコって?」

と緑は寮の建物を見上げながら言った。

「たぶんね」

「男の人って女の子のことを考えながらあれやるわけ?」

「まあそうだろうね」

と僕は言った。

「株式相場とか動詞の活用とかスエズ運河のことを考えながらマスターベーションをする男はまあいないだろうね。まあだいたいは女の子のことを考えてやるんじゃないかな」

スエズ運河?」

「たとえば、だよ」

「つまり特定の女の子のこと考えるのね?」

「あのね、そういうのは君の恋人に訊けばいいんじゃないの?」と僕は言った。「どうして僕が日曜日の朝から君にいちいちそういうことを説明しなくちゃいならないんだよ?」

「私ただ知りたいのよ」と緑はいった。「それに彼にこんなこと訊いたらすごく怒るのよ。女はいちいち訊くもんじゃないんだって」

「まあまともな考えだね」

「でも知りたいのよ、私。これは純粋な好奇心なのよ。ねぇ、マスターベーションするとき特定の女の子のこと考えるの?」

「考えるよ。少なくとも僕はね。他人のことまではよくわからないけど」

と僕はあきらめて答えた。

「ワタナベ君は私のこと考えてやったことある?正直に答えてよ、怒らないから」

「やったことないよ、正直な話」

と僕は正直に答えた。

「どうして?私が魅力的じゃないから?」

「違うよ。君は魅力的だし、可愛いし、挑発的な格好がよく似合うよ」

「じゃあどうして私のことを考えないの?」

「まず第一に僕は君のことを友だちだと思ってるから、そういうことにまきこみたくないんだよ。そういう性的な幻想にね。第二に――」

「他に思い浮かべるべき人がいるから」

「まあそういうことだよね」

と僕は言った。

「あなたってそういうことでも礼儀正しいのね」と緑は言った。「私、あなたのそういうところ好きよ。でもね、一回くらいちょっと私を出演させてくれない?その性的な幻想だか妄想だかに。私そういうのに出てみたいのよ。これ友だちだから頼むのよ。だってこんなこと他の人に頼めないじゃない。今夜マスターベーションするときちょっと私のこと考えてね、なんて誰にでも言えることじゃないじゃない。あなたをお友だちだと思えばこそ頼むのよ。そしてどんなだったかあとで教えてほしいの。どんなことしただとか」

僕はため息をついた。

「でも入れちゃ駄目よ。私たちお友だちなんだから。ね? 入れなければあとは何してもいいわよ、何考えても」

「どうかな。そういう制約のあるやつってあまりやったことないからねえ」

と僕は言った。

「考えておいてくれる?」

「考えておくよ」

「あのねワタナベ君。私のこと淫乱だとか欲求不満だとかいう風には思わないでね。私はただそういうことにすごく興味があって、すごく知りたいだけなの。ずっと女子高で女の子だけの中で育ってきたでしょ?男の人が何を考えて、その体のしくみがどうなってるのかって、そういうことをすごく知りたいのよ。それも婦人雑誌のとじこみとかそういうんじゃなくて、いわばケース・スタディーとして」

「ケース・スタディー」

と僕は絶望的につぶやいた。

「でも私がいろんなことを知りたがったりやりたがったりすると、彼は不機嫌になったり怒ったりするの。淫乱だって言って。私の頭が変だって言うのよ。フェラチオだってなかなかさせてくれないの。私あれすごく研究してみたいのに」

「ふむ」

と僕は言った。

「あなたフェラチオされるのは嫌?」

「嫌じゃないよ、べつに」

「どちらかというと好き?」

「どちらかというと好きだよ」と僕は言った。「でもその話はまた今度にしない?今日はとても気持ちの良い日曜の朝だし、マスターベーションフェラチオの話をしてつぶしたくないんだ。もっと違う話をしようよ。…」

   以上、文庫版・下・57-61頁。

ケース・スタディー…とワタナベが呟く場面、何度よんでも面白い!直子との会話と比較すると、同一作品の会話だとはとても信じられない。こういうメリハリの良さもまた、『ノル』の魅力だと思う。

(もう一回だけ続く!)