吊魂碑

愛知県下といってもこのあたりは尾張の国。

三河の事はほとんど知らない。だからいろいろ廻ってみたい。

愛知県西尾市

電車を一度乗り換えて一時間強、遠くはないが、縁もなく、

初めてだった。

譜代大名の城下町で戦災にあわず趣のある街並みが残っていると聞いた。

駅から城跡の歴史公園まで、歩いている人に出会わなかった。

車はそこそこ走っていて、徐行しながら追い抜いていく。

暑いのに物好きなやつと思ってるにちがいない。

西尾の殿様は江戸時代中期までころころ変わっている。

徳川吉宗時代のちょっとあと、

松平家(大給松平)が入り明治維新まで続くが、

松平さんもそれまであちこち移封をくりかえしている。

城跡の資料館(無料)で昨年刊行のガイドブックを買って、

玄関前の木陰でざっと読んでいると館員さんに話しかけられた。

散策マップをくれた。

転勤大名ですね。あちこち大変。

そう、佐賀県まで行ってます。

唐津でしょう。全国区か。

資料館には松平さんが歩いたお城、山形や作倉、淀、鳥羽などの

古地図が展示されている。

ガイドブックで一か所気になったところの場所を聞いた。

吊魂碑。

光明寺女工焼死事件鎮魂碑とある。

明治33年織物女工人の寄宿舎が焼け、13才から25才までの若い娘たち

31人が焼死した。そのうち20数人が西尾界隈の人だったという。

二階の寄宿舎の窓に鉄枠がはめられていて逃げられず未曾有の惨事をまねいた。

逃亡防止でしょうか。無体なことを。

男たちが夜這いで忍び込むのを防止してたともいわれてます。

なるほど、しかし、鉄枠なんて。檻ですよね。

ところでなぜ?

一宮なんです。

光明寺村は木曽川沿いでうちからは遠いが一宮市である。

知らなかったことだがお参りしておかねばいけない。

教えられた通り行き少し迷った。

今朝手向けられたのだろうか花が挿してあった。

碑の脇にもう一つ立派な記念碑が立っていた。

廃仏毀釈による寺院規制に反対して騒動がおき、

為政者に斬られた浄土真宗僧侶が祭られている。

騒動のことも知らなかったが、

三河一向一揆の故地。真宗が伝統的に強い土地柄なんだろう。

お城から岩瀬文庫まで、商家町を歩いた。

大正か昭和初期のたてものだろうか、、

そろそろ寿命だろうという商家がちらほらと点在する。

西尾小学校が立派。

岩瀬文庫は明治の実業家が集めた古書籍を所蔵している。

中日ドラゴンズの岩瀬投手も西尾の出身。このあたりに多い苗字なんだろう。

吉見というお宅もあった。あの吉見投手もと想像が巡ったが、

彼はトヨタ自動車にいたが関西人。

お昼を過ぎて30度を超えてる。

帰宅して野球中継を見ることにした。

岩瀬は中継ぎで投げて三人を押さえた。

頑張っている。

中継後(中日が広島に勝った。)夕方図書館に行った。

駅ビルの図書館は午後9時まで開館している。

一宮市史に光明寺の火事のことは詳しく記載されていた。

当時の新聞は、劣悪(非道でもある)織物工場の事業主を激しく指弾している。

この事件を契機に愛知県が労働、寄宿環境の規制を細かく定めた。

女性たちの葬儀埋葬は行政が行い、

寄付を募り、彼女たちの故郷に碑を建てた、とあった。

尚、一宮市が中学校社会科の副読本として配布している

「のびゆく一宮」に、一宮の女工哀史として事件のことが記載されている。

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